妄想タイム「岬カフェ」

この日、私は列車に乗って房総半島を一周する旅をした。
遅い午後、既にカメラはバッグにしまいこみ、シートに深く座って、車窓に流れる景色を見るともなく見ていた。 
ふと傾き始めた太陽に背中を押され、誰もいない駅に降りたった。 
海へ続く道を歩き出し、陽に向かってすこしずつ登っていくと浦賀水道を見渡せる小高い岬の突端にたどりついた。 ここは前に来たことがある。

潮騒と陽光を独り占めするようにひっそりと立つ見覚えのある一軒家。

いや、覚えがあるというのは間違いだ、あれは妄想だった。


そこは心地よい音楽と、優しいママさんがいれてくれるとびきり美味しい珈琲で評判のカフェ「岬」。 この日、残念ながら店の主は留守のようだ。

いや、誰かいるのかな? 店の裏にまわると、作業小屋がある。 そこにも誰かいるかもしれない。 声をかけてみた。 耳をすませても聞こえてくるのは潮騒とカラカラまわる風見鶏の音。 

作業小屋の前にかまどやドラム缶のお風呂らしきものがある。 この店の亡くなったご主人が作ったのだろうか? それとも器用だという甥ごさんがママさんの為に作ったのかな? 星のきれいな夜にこんなお風呂に入ったら素敵だろうな と、眺めていると、カフェのママさんが車で帰ってきた。

大汗をかきながら、裏まで入り込んだ失礼をお詫びした。 ママさんは笑って 「今、お店をあけるからちょっと待っててね」 と買い物袋を両手にかかえて店の中に入っていった。
この店のベランダ。温かい頃には椅子席がしつらえられる。ここからの夕陽と富士の眺めは最高なんだ。

しばらくして、めでたく私は美味しい珈琲にありついた。 客の雰囲気に合わせてママさんが選んでくれたカップだ。 深い色合いに湯気がやさしくゆらめく。 最高の時間。

夕陽の時間に合わせて、お客もひとり、ふたりと増えていく。  みなここの美味しい珈琲と耳に心地よいジャズと優しいママさんが大好きなひとばかりだ。  会話もはずんでいる。
私は手作りのバナナアイスクリームも追加して注文した。 一日歩き回った身体におつかれさま。
「今日はこのままフェリーに乗って帰るわ、もっと海をみていたいから。」 

この上なくいい旅のしめくくりができたな・・・快い満足感に満たされた。
フェリーの時間になり私はママさんにお礼を言って岬をあとにした。


内房 明鐘岬
編者注:青字の部分は編者の妄想です。事実ではありません。
   :明鐘岬 「岬カフェ」は実在します。ただし建物は写真とは異なります。
   :ここ「岬カフェ」をモデルとした森沢明夫原作の「虹の岬の喫茶店」を題材とした映画「ふしぎな岬の喫茶店」が今年10月に公開されます。主演の女主人は吉永小百合さん
   :カフェ全景と作業小屋は映画撮影の為に明鐘岬に建てられたセットです。 ここでの撮影は終了し、自分が訪問した翌日に撤去されるとの事でした。