大津の家・今昔(1924年と2003年)


私 「これが大津の家での写真ね。K之祐おじいさまとおちょうおばあさまの間にちょこんと座っているのがお母さん。 でも、なんでふとんの打ち直しの写真なんか撮ったの?」
母 「ふとんの打ち直し? ははは、やあねえ、この白いフワフワは白くまの毛皮よ。」
私 「白くま? なんでそんなものがお座敷にあるの?」
母 「あの頃、くまの毛皮が流行ったことがあるのよ。 冬になると北のお座敷には寒さよけの毛皮を敷いたの。写真の部屋は南向きだけど。」
私 「大津の三井寺さんのご門の直ぐ前のお屋敷だったんでしょ?」
母 「昔は、三井寺さんの事務所の建物だったって聞いたことがあるわ。 K之祐おじいさまが何時ごろか知らないけど、買い取って持っていらしたのよ。 今はその場所にないけれど、屋敷の建物は坂本にある日吉大社に移築されて、神社の施設になって残っているのよね。」
私 「そうそう、私ら大人になってから聞いたから、興味津々で見に行ったもの。 もうだいぶ痛んでいたけど、残っているのよね〜、場所こそ違え、おかあさんの育ったお屋敷が。ホントに幸せな人だわ。 ほらっ、見てよ、私が見学にいったときに撮ったこの写真。このお座敷はまさに上の写真を撮ったあの南向きのお座敷よ。ガラス障子と、左側の障子の珊の形がおんなじ!」

母 「あら、そうね。」
私 「これがお座敷、広いわね。」
母 「よくお座敷で女中たちを相手にドッチボールして遊んだの」
私 「へ!? ドッチボール? それも女中たち?」

母 「さて、これが玄関。初めて家族全員でアメリカへ行くという日に見送りに出られたおちょうおばあさんにこの玄関で泣かれてね。つらかったわ。」
私 「眼に入れてもいたくないほど、可愛がって育てたのですものね。身を裂かれる思いだったんじゃないかしら。」

母 「これがご門」
私 「立派ねえ、家じゃなくて代官屋敷みたい。このご門もどこかに移築されたんでしょ?」
母 「石山寺の門の左側の方へ行くとある家に移築されたの。今はもうどこにあるのか判らない。もうないのかもしれないわね。」
私 「お屋敷のあった場所には、門番の部屋だけ残っているんでしょ?  わたしらが見に行ったら、『あれは門番がいた部屋よ』って言ったからびっくりしちゃった。今だったらものすごく立派なお家だったもの。」
・・・と、いうわけで大津でIRENE の超お嬢様生活が始まったのでした。

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