妄想タイム「浜辺のテントサイト」


冬の海が見たくて散歩に出た。 昨日、一日雨が降り続いたから今日は空が澄むに違いない。

砂浜の波打ち際を陽の方向へ歩いていった。 日差しは温かく、風も穏やかだった。 小高い草地の上に何か不思議なものが見える。 小さな万国旗のようなものがはためいているのだ。 何かに似てると思った。 そうだ、ネパールの山の頂で見たタルチョがはためく様にそっくりだ。 青・白・赤・緑・黄の色がそれぞれ天・風・火・水・地を表すというチベット仏教の五色の旗である。 タルチョがはためくと経文が風に乗って拡がるいうのだ。 
近寄って見ると旗を結び付けてあるのは小さなティピーテントだった。 布のラグが草の上に敷かれ、ぬいぐるみや玩具が無造作に置かれている。 籐のバスケットを覗き込んでみたら空っぽだった。 寝転んだら気持ちのよさそうなクッションまで整えられている。 

ここにいた家族はどこへ行ったのだろう?

自分は、ここにたどり着く前に、砂浜に打ち上げられたウミガメの死体を見てしまい気分は最低だった。 亀は息絶えているのに、波の動きに合わせて前足や首まで動くのである。 死後硬直を通り越して腐敗がすすんでいるのか・・・。 それ以上直視できずに足早にその場を後にした。  しかし、何を見ても不吉に見えてしまうから不思議だ。 小さな旗がタルチョに見えたのもそのせいだ。 

ここで海辺のピクニックを楽しもうとした家族はいったいどこへ。

いや、この現実の温かみが感じられないこのテントサイトはいったいなんなのだろう? 
子供のためのものであるのは違いない。 人がいないというだけで、命の匂いがしない。 想像は妄想になり不吉な淵をさまよい始める。 このテントはその家族の夢そのものだったのではないだろうか。 青い海と行き過ぎる船を眺め、陽を浴びながら手製のサンドイッチをほおばる・・・・理想すぎるテントサイトはまるで遠い世界への供え物のような気がしてきた。

そこへ虹色をしたシャボン玉が飛んできた。 ひとつふたつそしていくつも。
甲高いはしゃいだ声が聞こえてきた。 父親らしい男の呼ぶ声も聞こえてきた。
自分は少しほっとしながらも、馬鹿な妄想を吐きだすように空を見上げ、テントサイトを後にした。

(内容は妄想です)